大判例

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長野地方裁判所 昭和23年(ワ)101号 判決 1949年2月10日

原告

篠原和彦 外九名

被告

長野師範學校長 岩波喜代登

主文

原告等の訴は之を却下する。

訴訟費用は原告等の連帶負擔とする。

事実

原告等訴訟代理人は本件口頭辯論期日に出頭しなかつたけれども其の陳述したと看做すべき訴状に依れば、原告等は孰れも長野師範學校の生徒であることを確認する訴訟費用は被告の負擔とするとの判決を求め、其の請求原因の要旨は原告等は孰れも長野師範學校の生徒、被告は同校の校長なるところ被告は昭和二十三年十月九日所謂文部次官通牒なるものが發せられ學生の學内に於ける政治活動につき特定の政黨の支部や細胞又はこれに類する學外團體の支部を持つことは好ましくないとの通告があるや同月十五日日本共産黨長野師範細胞に對し解散を命じ同時に同月十八日原告等に對し(一)特定の政黨の支部や細胞又はこれに類する學外團體の支部を持たないこと(二)學園の秩序を亂すような政治活動は行はないこと(三)學外に於ても學生の本分にはずれた政治活動をしないことの誓約書に署名捺印を求めた。然し原告等は右は明かにポツダム宣言第十項「日本國政府は日本國々民の間に於ける民主々義的傾向の復活強化に對する一切の障礙を除去すべし、言論、宗敎及思想の自由並に基本的人權の尊重は確立せらるべし」の條項並に憲法第十九條「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」又同法第二十一條「集會結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する」、の各條項に反すること又「學園の秩序」、「學生の本文」、なるものは一方的に校長の主觀的判斷による基準のみには從ひ得ないこと從つて右敎育の基準は當然學生側と學校側との協議によつて確立せらるべきであることを理由に右誓約書に署名捺印することを拒絶したところ被告は同月二十日原告等に對し退學を命ずる旨の告示を爲すと共に事態の推移を見守つて長野師範學校の寮に宿泊してゐた原告等に對し長野檢察廳に建造物不法侵入の告訴を爲し遂に逮捕状が發せられ檢束者を出すに至つた。

斯くの如きは明かに「ポツダム」、宣言第十項憲法第十九條第二十一條に違反し又文部次官通牒に[學生が個々に結社に加入する自由は禁止すべきものではない云々」の條項を無視した生徒の思想に對する不法の壓迫であり、不當な行き過ぎ處置であつて原告等に對する被告の右退學處分は無効であるから原告等は今尚長野師範學校の生徒たる身分を繼續して居るものと信ずるが故に之が確認を求めると謂ふに在る。

被告訴訟代理人は本案前の抗辯として主文同旨の裁判を求め、其の理由として(一)長野師範學校は學校敎育法第九十八條文部省直轄諸學校官制、師範敎育令に基いた國立の學校であるから其の學校の生徒たる地位は國と生徒との間の公法上の法律關係であることは明かである從つて生徒たる地位についての法律關係を訴を以て請求するには國を相手と爲すべきものであるから長野師範學校長岩波喜代登を被告とする本訴は當事者適格を缺き不適法である。(二)長野師範學校は國立の學校であるから所謂公の業又は公の營造物であつて同校に入學し生徒となる法律關係は公の營造物の利用關係であつて法律上の公法關係であることは明瞭であるし更に公法關係の中所謂特別權力關係であり公法上の契約によつて斯る關係が生ずるのである。而して斯る公法關係は單純な債權債務の關係ではなく國の相手方に對して命令し強制する權利を有し相手方はこれに服從しなければならない義務がある包括的服從契約である長野師範學校の生徒は斯る法律關係に立つて居るから法令の範圍内で營造物を利用する權利を持つが一方營造物管理者は利用者に對して之を拘束する力を有する規則を定めることが出來るし命令權懲戒權を有するものである。從つて斯る公法關係に基く處分行爲に對しては相手方は訴を以て爭ふことは法律上特に許された場合以外に許されないものである故に本訴は許されない訴と謂ふべきで不適法である。以上(一(二)の理由孰れから言つても本訴は不適法として却下されるべきものであると述べ

次に本案につき原告等の請求を棄却する訴訟費用は原告等の負擔とするとの判決を求め、答辯として原告等の内篠原和彦、淸水治男、淸水和郞、淸水政次、内山信重、大藏賢が孰れも昭和二十三年十月二十日迄、田中雄、丸山寬、町田博、小澤龍美、が孰れも同年十月二十八日迄夫々長野師範學校生徒であること、被告が同校の校長であること、同年十月八日附で原告等主張の樣な内容を含む文部次官通牒が發せられたこと、被告が同月十五日日本共産黨長野師範細胞の解散を命じたこと同月十八日原告等に對し其の主張に近似する内容三項目の承認を求め其の旨の誓約書に署名捺印を求めたこと、原告等が前記の解散命令や誓約書の署名捺印を拒否したこと、被告が原告等の内篠原和彦、淸水治男、淸水和郞、淸水政次、内山信重、大藏賢に對し同月二十日爾餘の原告等に對し同月二十八日夫々退學を命ずる旨の告示を爲したこと及び其の後原告等が被告の管理する長野師範學校の寮から退去しない故長野檢察廳へ告訴し逮捕状が發せられ原告篠原和彦のみ逮捕されたことは孰れも認めるが其の餘の原告等主張の事實は之を否認する長野師範學校は學校敎育法第九十八條同法施行規則第八十五條第九十條等により存續する法律に定める學校(敎育基本法第八條第二項)であるから政治的中立を保たなければならない特に同校は小學校、中學校の敎員を養成する特別の目的を有するので政治的には一黨一派に偏する樣な行爲一切を爲すことは出來ない。原告等がこの學校の生徒である以上は政治的中立を嚴守する立場に置かれることは當然であるのに原告等は特定の政黨日本共産黨の細胞組織を學校内に持ち之に加入して昭和二十三年五月頃からは特にその活動を強化旺盛ならしむる各種の行爲を敢行し又學校内への出席も常でない者が多い故學校長及び各敎官は度々注意を與へたけれども應じない又原告等自ら主張する樣に學校長の命令や要求に應ぜず學校の方針に反抗するため學校敎育の實施實校内秩序の維持の必要上任意退學を求めたが應じないので止むを得ず退學處分としたのである。而して被告が原告等に對し昭和二十三年十月十八日署名捺印を求めた誓約書の内容三項目は(一)特定の政黨の支部や細胞又はこれに類する學外團體の支部を學校内に持たないこと、(二)學園の秩序を亂す樣な政治的活動を行はないこと、(三)學外に於て學生の本分にはづれた政治的活動をしないことであつて右學校の方針に從ふ旨の誓約書に署名捺印を求めたのである。元來原告等は夫々入學の當時學校長宛に、入學許可があつた以上は學校等の規則訓戒等に從ふことを誓約して居るのであつて學校の方針、學校長敎官の指示には從はなければならないことは原告等自ら明かに認めて居るのである。然るに原告等は前述の如く學校長や各敎官の訓戒に從はず又學校の方針に反抗するので被告は原告の内篠原和彦、淸水治男、淸水和郞、淸水政次、内山信重及び大藏賢を孰れも昭和二十三年十月二十日師範學校規定第四十條第一號及び第三號後段に該當するものと認め又爾餘の原告等を孰れも同月二十八日同規則第一條第一號に該當するものと認めて夫々退學處分にしたのであつて國立學校の生徒が國の敎育方針學校の敎育實施に反抗する場合斯る生徒を如何なる處分に付するかは學校長の有する懲戒權の發動として自由裁量の範圍内にあるので右退學處分は長野師範學校長たる被告の權限の適法な行使であつて何等違法ではなく又被告の行爲は一切「ポツダム」宣言の下に新憲法施行後の法律である學校基本法學校敎育令、師範學校規程等に準據するものであつて何等「ポツダム」、宣言や憲法に違反するものではない國の方針を明示するものとして昭和二十三年十月八日附發せられた文部次官通牒は被告の行爲の正當性を裏書するものである、以上の次第で原告等の本訴請求は失當であると述べ長野師範學校長は昭和十八年三月二十三日勅令第百六十三條第一條に依つて同年四月一日から文部省の直轄學校となつたものであり同校々長は文部省直轄諸學校官制第七條に基いて學校務一切を掌理する權限を有し、原告等に對する退學處分は學校長たる被告が營造物管理者として爲したものであると釋明し、證據として乙第一號證の一乃至十第二號證第三號證(寫)を提出した。

理由

仍て按ずるに本訴は要するに、原告等は孰れも長野師範學校の生徒なるところ昭和二十三年十月二十日同校々長から退學を命ぜられたが該退學處分は憲法等に違反し當然無効であつて原告等は今尚同校の生徒たる身分を有し居るから之が確認を求めるといふのであつて右退學處分そのものの取消若くは該處分そのものの無効確認を求めるにあらずして原告等が現在尚同校の生徒たる地位を有して居ることの確認を求めて居るものであること訴状記載の請求の趣旨並に原因に徴し明かである。而して長野師範學校は學校敎育法第九十八條同法施行規則第八十五條師範敎育令第二條等に依つて存續する國立の學校であるから所謂國の營造物であつて同校に入學し同校の生徒となる法律關係は國の營造物の利用關係であり公法上の法律關係である。從つて原告等が本訴に於て同校の生徒たるの地位の確認を求めるのは即ち右の國の營造物利用關係の存在確認を求めるに外ならない。而して國の營造物の主體即ち國家の營造物利用者との間に生ずる法律關係である。從つて國立學校の生徒たるの地位の確認即ち國の營造物利用關係の存在確認を訴を以て請求するには國を被告とすべきものであつて國の營造物の管理機關である學校長を被告とすべきではない。

然るに本訴は長野師範學校長岩波喜代登を被告としているから當事者を誤つているのであつて、此の點に於て不適法と謂はねばならない。而して本訴には行政事件訴訟特例法第七條の適用なく從つて右の不適法は其の欠缺を補正出來ないものであるから之を却下し訴訟費用の負擔につき民事訴訟法第八十九條第九十三條を適用し主文の通り判決する。

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